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無敵の人はカルト宗教の所為!?令和テロの犯人捜しが不毛な理由

無敵の人はカルト宗教の所為!?令和テロの犯人捜しが不毛な理由

こんにちは。純白です。

長らく文章で記事を投稿することをお休みしていましたが、体系的に物事を伝えたい場合に文章は役に立ちますね。先日、安部元首相が統一教会信者の2世である山上徹也容疑者に射殺されました。この日は友達の誕生日で友達におめでとうLINEを送ったら、このニュースをその友達に返しで教えてもらい衝撃が走ったのを覚えています。このニュースをもとにメディアは2つの問題提起を頻りに行っています。一つは奈良県警の要人警護がざるすぎる問題。これは正直どうでもいいです。日本には政治家暗殺の前例があまりなく、平和ボケが原因なのは明らかです。今後同様の事件がないように警察組織は街頭演説の際の警備を一層強化するでしょう。自分が問題視しているのは、統一教会が多額のお布施を山上徹也容疑者の母親に要求し、それによって山上家が破産していたということです。山上容疑者の教団への恨みはもっともですが、殺人は擁護されません。さすがに殺人を擁護しているメディアはないですが、世論は山上容疑者への同情にも傾きかけているように思います。報道は「安倍晋三銃殺」から「統一教会と自民党の関係性の追求」へとシフトしてきています。自分はこの流れに強烈な違和感を抱いたので記事にします。

自民党と統一教会の結びつき


私物化が問題化されていた「桜を見る会」には違法マルチの元会長や宗教団体関係者が参加していた疑惑がある(旧統一教会関係者が参加していたかは不明)

この一連の流れについて思うことは、「自民党が統一教会や日本会議などの宗教勢力と結びついていることってそんなに認知されてなかったの!?」です。自明すぎて誰も言及していないのかと思いましたが、この事件をきっかけに政治と宗教の結びつきを認知したって人が一定数いるみたいですね。日本の新興宗教ブームは社会に閉塞感を感じる若者の間で戦後急速に加速していき、オウム真理教の地下鉄サリン事件をきっかけに鎮静化しました。サリン事件の前まで、オウム真理教の麻原彰晃は選挙活動やお弁当屋の経営、地上波番組への出演など、多岐にわたる活動を行い社会から一定の承認を得ていました。その中でも統一教会(現:世界平和統一家庭連合)は1954年設立と新興宗教の中では比較的歴史があり、保守系のキリスト教のエッセンスを教えに取り入れているため、保守政党である自民党との相性も良く、自民党議員が統一教会の集会に参加することも珍しくはありませんでした。選択的夫婦別姓や同性結婚などに自民党が強く反対するのも、保守的な宗教勢力の意見を取り入れてのことだろうと思います。自分は池袋の路上で勧誘を受けたことがあり、幕張メッセで行われる統一教会のイベントに行ったことがあります。かなりの大人数が集まっており、幕張メッセを貸し切れる資金力があるのだなと感心した思い出があります。話が脱線しましたが、宗教団体が政治に大きな影響力を持っていることは、政治家が国民の投票で当選することから考えても当たり前で、宗教や労働組合など票田を持っている団体の意見を組んで政治をすることはおかしいことだと思いません。

山上家の破産について


こう書くと読解力のない人たちから、「純白は統一教会を擁護している!」と突っ込まれそうなので、そうではないと改めて言っておきます。自分が違和感を感じたのは、重大な事件が発生した後のメディアの「犯人捜し」に対してです。山上徹也容疑者が起こした事件は、彼自身の実存的問題が引き起こしたものであり、これに対して犯人捜しを行っても無意味に感じます。統一教会という団体の半強制的な集金構造は確かに問題ですが、それって統一教会に限った話でしょうか。両親の破産がこの悲劇を招いたというならば、パチンコで破産しても、株式投資で破産しても、キャバクラに貢ぎすぎて破産したとしても同じことではないでしょうか。パチンコ依存症の両親を持つ人間が起こした犯罪が発生すれば、メディアはパチンコ業界の集金体制を攻撃するでしょう。そこには何の生産性もなく不毛です。抽象的な犯人捜しのサイクルには、事件当時者の実存的視点が圧倒的に欠けています。彼の人生には、「破産した親」という強烈なマイナスがあり、それをどうにか0へ、もしくはプラスへ持っていくための道程がありました。ですが、その全てを諦めて原因の根本(少なくとも本人はそう思っている)を殺害することに生き方をシフトした理由の方にフォーカスすべきではないでしょうか。事実、山上容疑者のTwitterの最後のツイートは自分の生まれ持ったマイナスを嘆くツイートに対するRTでした。

2022/7/21現在、山上容疑者のTwitterは凍結されています。

彼の親には信じるものがあったのとは対照的に、山上容疑者はマイナスを取り払うことに躍起になっていました。自分は山上容疑者本人ではないので、彼が、親との関係にどれ程の葛藤を感じていたのか分かりませんが、怒りや葛藤はごく最近沸き上がったものだと推察できます。彼の母親の破産は2002年のことです。20年も前のことを恨んで、今更関係者の安部元首相を殺すって心境があり得るのでしょうか。自分は去年の感情すら思い出すことができない人間なので彼の心境を想像するのは難しいですが、それにしたって20年間ずっと1つのものを恨み続けるって可能なのでしょうか。(20年もの時間があったら、統一教会の総本家である韓国に出向き代表者を殺害するくらいは企ててもおかしくないのではないだろうか)

無敵の人はいつ無敵になるか


これは昨今の「無敵の人問題」に通ずることなのですが、人がやけっぱちになり暴挙を企てるのは、「何かに怒りを感じた時点」ではないのです。「自分はもう無理だ」と感じ、それが恒久化した段階で人間は初めて捨て身の行動に出ます。アメリカの行動経済学者のダン・アリエリーは、偽物のハイブランドを身に着けた学生は、そうでない学生よりカンニング行為をしやすくなるという実験結果を発表しています。(この実験は両者が不正がしやすい環境に置かれているという前提がある) これは所謂、割れ窓理論というもので、「自分は偽物を身に着ける(=不正をする)人間だから、他のことでも不正を働いても変わらないだろう」とカンニング行為へのハードルが下がることで発生します。無敵の人は、大きな原因によって無敵になるのではなく、小さなマイナスが積みあがり、自分などどうでもよいという割れ窓理論の最終形態として無敵の人と化すのです。これを防ぐには、社会に対して投資をさせるか、守るべきものをつくるしかありません。犯罪心理学にはソーシャルボンド理論というものがあり、社会との絆(social bond)が軽薄になるほど人間は犯罪に走りやすいというものです。社会にしてきた投資(社会的地位)や恋人や家族を失うことを恐れて人は犯罪を思い止まります。2chの創始者である、西村博之氏(以下ひろゆき)が考案した「キモくて金のないおっさんにはウサギを配ろう」という何もない人間に守るべきものを与えるという提言はギャグのようである意味効果的な施策ではないかと考えています。

元祖無敵の人である「加藤智大」は2ch掲示板という最後の居場所を失ったことがトリガーとなり凶行に及んだとされている。(ソーシャルボンドの喪失)

まとめ


今回のテロ行為に対して本当に問題意識があるのならば、統一教会叩きは殆ど無意味です。そもそも民主主義とは多数派の意見を聞き入れるための制度です。もちろん、幸福追求権は日本国憲法に記載されている権利ではありますが、各人の幸福とは文章で軽々に定義付けできるようなものではなく、最低限に認められた人権の上に各人が積み上げていくものです。日本はシルバー民主主義国家と呼ばれていますが、これは老人たちが自己の利益を最大化しようと政治活動を行った結果、若者よりも老人が優遇される社会が作り出されているのです。政治的優遇を受けていない者たちからすれば許せないことでありますが、それならば選挙に行きましょうとか、政治活動をしましょうという主張が正しいのであって、社会悪の犯人捜しをしたり、陰謀論的な仮想敵を作り上げることには意味がありません。上述のひろゆきが、Twitterで統一教会の集金体制や自民党の関係性について頻りにツイートしています。これはひろゆきがよく批判する、馬鹿を先導して社会を変えようとするムーブメントなのではないでしょうか。NHK党などのやり方に疑問を唱えているひろゆきですが、彼も自身の影響力を行使して馬鹿を先導するしか社会にインパクトを与えることができないと悟ったのでしょうか。それはそれで結構なのですが、「本質はこうだよ」と細々と発信していくことにも意味があると思ったので今回の文章を書きました。長文になりましたがここまで読んでくれた読者の皆様ありがとうございました。さようなら。

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