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キズナアイの孤独死について(評価経済の脆弱性)

キズナアイの孤独死について(評価経済の脆弱性)

皆さんこんにちは。純白です。

誰でもTwitterで文章を書き、Instagramで写真を投稿する時代です。

更に若い世代はTikTokでダンスやショートコントを投稿することが普通になっています。

皆がクリエーターになって社会は幸福になったのでしょうか。

記事の前半では評価経済社会の脆弱性について考え、

後半では評価経済の弱者への救済措置を「キズナアイの引退」と関連させて考えます。

評価経済社会とは

貨幣と商品を交換し合う貨幣経済社会に対して、評価と影響を交換しあう経済形態により現代社会を説明しようとする考え方である。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

貨幣経済と同質の脆弱性


評価経済は貨幣の代わりに「いいね(評価)」を市場価値として取り扱う都合上、

貨幣経済社会の持っていた脆弱性を継承しています。

貨幣経済と同質の脆弱性は大きく分けて2つあります。

  • いいねが有限であること
  • いいねが幸福に直結しないこと

いいねとはコンテンツを消費した際に発生する評価なので、

それを獲得するということは可処分時間の奪い合いの構図になります。

つまり「いいね」は概念でありながら有限性を孕んでいる。

例え、いいね獲得競争の勝者になったとしても幸福になるとは限らない。

これは金融資産にも同じことが言えますが、稼ぐフェイズの後は守るフェイズが発生します。

宝くじに当たった人が、資産を食いつぶし、

その後も生活水準を落とすことが出来ず苦しむ話は常套句ですが、いいね集めも同じです。

評価経済に固有の脆弱性


貨幣経済と評価経済は類似点もあれば、相違点もあります。

  • いいねは才能でしか稼ぐことができないこと
  • いいねは社会福祉で分配できないこと

貨幣はアルバイトなど自分の時間を切り売りすればどんなに無能でも稼ぐことができます。

しかし「いいね」は何万時間を費やそうとも才能のない人には一生獲得できません。

更に「いいね」は概念なので再配分もできず、評価経済社会の負けは取り返しが難しいのです。

生活保護やベーシックインカムのような最低限の享受すら保証されることはなく、

絶対的な評価貧困を数多く生み出し、結果としてSNSの外では無敵の人を量産しました。

お金持ちと別の価値観での幸福感を構築しようと試みた結果のはずの評価経済ですが、

資本主義以上の才能の殴り合いになってしまったのは何という皮肉でしょう。

いいね2.0


最大の敵であったはずの悟空にいいねを送るベジータ

いいねの有限性という弱点は、いいねの価値変動という特性で乗り越えることが可能です。

1万円というお金は誰から受け取っても価値は不変です。

それは1万円札という貨幣の価値を日本政府が保証してくれているからです。

いいねの価値は誰も保証しておらず、自己満足の世界で決定するもの。

HIKAKINやはじめしゃちょーが他人からもらった100万いいねより、

あなたが友達からもらった1いいねの方が価値があるとする考え。

これを自分は「いいね2.0」と定義しています。

キズナアイ
「それって単なる負け惜しみやルサンチマンではないんですかー?」

つい先日、無期限活動停止を決定したキズナアイさんはこう仰っていますが、

300万人のYoutube登録者がいて、尚且つ中国や台湾にも多くのファンを抱えているのに

あなたは引退に追い込まれているじゃないか。

それが「旧来型いいね」が陳腐化してきている何よりの証拠でしょ!

キズナアイだけではなく、登録者が100万人を超えたYoutuberたちの多くは、

いいね集めの虚しさからか動画投稿頻度が落ちたり、動画の進化が止まったりしている。

見ず知らずの中国人が彼ら彼女らにいくらグッドボタンを押したからと言って、

それは永遠と積み重なるいいねの虚しさをより鮮明にするだけに過ぎない。

キズナアイの動画にコメントする見ず知らずの外国人はキズナアイの友達ではない。

影響力を持った結果、価値観が中央値に引っ張られユニークな友人を作ることも難しくなる。

これは、会社を引退した後の高齢者が社会的に孤独になる現象に似ている。

今までは会社が人間関係を保証してくれ、何年も飼い殺してくれていたのに、

いざ労働から解放され、時間的自由を達成した結果、やることがなくボケ始める老人のよう。

いいね成長期の過ぎてしまったインフルエンサー達は、

もう友達の作り方を忘れてしまったのです。

ゆえに、半径1km以内の人間からの信頼を確実に獲得していく、

「いいね2.0」こそがこれからの時代必要になってくるのです。

まとめ


本記事では旧来型いいね集めの虚しさを指摘しましたが、これは方便です。

あくまでも虚しさを感じてしまう段階に到達したときに、

本記事で提示したアイディアを思い出して欲しいだけです。

今現在、溢れる承認欲求をモチベーションに創作活動をしている人たち、

そういう人たちには引き続き、盲目のクリエーター、アーティストであってください。

それでは、また次回の記事でお会いしましょう。さようなら。

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