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【動物化するポストモダン】キャラゲー大勝利時代は予測されていた

【動物化するポストモダン】キャラゲー大勝利時代は予測されていた

こんにちは。純白です。

先月、東浩紀の「動物化するポストモダン」を買いました。

凄い興味深い本だったので動画で紹介したかったのですが、

ポストモダンに対する基礎知識がないため、うまく言葉で要約できる自信がありません。

そこで、所感兼気付きを本ブログ記事にまとめたいと思います。

オタクと近代日本文学の断絶


オタク文化と近代日本文学には、共通点があまりない。

両方とも日本的伝統を踏襲して、現代まで至っているわけだが

それぞれが持つ作品的性質は異なっている。

夏目漱石を読んだとき「これこそ日本的だ!!」と思うことはあまりない。

寧ろ日本を感じるのは、涼宮ハルヒやエヴァに代表されるような

90年代以降のオタク作品を視聴したときだろう。

これは「日本的=ポストモダン的」であるからだと東浩紀は指摘する。

ポストモダンとはなにか

ポストモダンとはフランス人哲学者リオタールが提唱した概念である。

ポストとは「次の」を意味し、モダンは「近代」を意味する。

つまり、近代からの脱却を目指す運動を意味する言葉である。

  • 大きな物語の終焉
  • 知識人の終焉

ポストモダンでは上記の2つが起こるとされている。

大きな物語とは、国家や宗教など共同体の大多数が共有する価値観のことである。

近代では、大きな物語が音楽や演劇など創作活動には欠かせませんでした。

有名な作品だとスペインの内戦を描いたパブロ・ピカソのゲルニカや、

ロシア帝国のワルシャワ侵攻をモチーフにしたショパンの革命のエチュードなどがあります。

パブロ・ピカソ作 ゲルニカ  スペインの内戦がテーマ

創作を行う際のテーマは政治的な事件や宗教的神話を扱うことが殆ど。

ポストモダンでは、これらの大きな物語が基盤となる創作が乗り越えられ、

個人の内面や人生にフォーカスした小さい物語が創作の主流になるとリオタールは言っている。

知識人の終焉とは、知識が創作の必須アイテムではなくなるということです。

海外の古典文学を読んでいると、かなりの頻度で聖書や福音書の引用が登場します。

モダニズムでは、大きな物語(政治や宗教)を取り扱うことが基本なので、

神学に対する教養がないと創作活動で評価されることが難しかったのです。

ポストモダンに時代が突入したことで、非インテリの創作活動が盛んになりました。

また、ポストモダンを代表するもう一つの概念はシミュラークルです。

模造品を意味するフランス語で、オリジナルをコピーし、手を加え消費していく、

データベース消費が盛んになるのもポストモダンの特徴といえます。

オタク文化こそポストモダンの好例


上記の説明を聞いてピンと来た人もいると思いますが、

ポストモダンって今のオタク文化そのものですよね。

現代のオタク作品の主流は小さい物語です。

前述の「涼宮ハルヒの憂鬱」は主人公涼宮ハルヒの思考がそのまま世界に直結している、

所謂セカイ系と呼ばれるジャンルの先駆け的作品です。

「涼宮ハルヒの憂鬱」の中で、世界が危機に陥るのは、

アメリカ合衆国やアルカイダの所為ではありません。

もちろん、旧約聖書の神や福音書を書いた預言者の所為でもありません。

ハルヒの友人のキョンは何の力も持たない一般的な高校生です。

しかし、世界はハルヒとキョンによって構成されており、

ハルヒが「世界の行く末をもっと見たい」と希望を抱いた時点で世界の崩壊は止まります。

キョンのキスでハルヒの感情が揺れ動き世界の崩壊が止まる

ハルヒとキョンの関係性やSOS団という部活の中だけで、世界の出来事が完結しています。

このセカイ系と呼ばれるジャンルこそが「小さい物語」の究極系なのです。

当然、読破するのに知識や教養も不要です。

オタク作品は二次創作が盛んに行われ、オリジナルの世界観を並行的に拡張し続けています。

これはポストモダンがいうシュミュラークルの構造とよく似ています。

二次創作を前提として、キャラ設定だけを消費者に与えてくれる作品も散見されます。

リオタールが『ポストモダンの条件』を書いたのが1984年であることを考えると、

彼は日本のオタク文化の隆盛を予言していた預言者としか思えません。

東浩紀という天才


昔から思っていましたが、東浩紀は天才です。

20世紀に提唱された抽象的概念であるポストモダンと21世紀のオタク文化を紐づける洞察力。

哲学は抽象化した観念のまま学んでも、つまらないし実用性がありません。

身近な事象に具体化して社会学や哲学を学ぶと面白くて、

自分のような哲学素人でも簡単に理解できます。

FGOやあんさんぶるスターズ!など、キャラを愛でたくて(消費したくて)やるソシャゲが

App StoreやGoogle Storeのゲームランキングを席巻しています。

物語性よりもキャラクターを集めることに主軸を置くゲームの台頭

データベース消費の時代を本書発刊の2001年に洞察していたことを考えると、

リオタールもさることながら、東浩紀も相当やばい哲学者ですね。

(東浩紀が芸術総合誌「ユリイカ」に複数回にわたって寄稿したものをまとめたものが本書)

まとめ


いかがだったでしょうか。

「動物化するポストモダン」には、オタク文化のポストモダン的特徴について

もっと詳しく書いてあるので、気になった方は是非読んでみてください。

以上、次回の記事でお会いしましょう。さようなら。

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