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なぜ遠距離恋愛の成功例は存在しないのか

なぜ遠距離恋愛の成功例は存在しないのか

こんにちは。純白です。

皆さんは遠距離恋愛ってしたことがありますでしょうか。

コロナ禍で仕事のリモート化は進んでいますが、

一方の恋愛は会えないことによる破局が増えているといいますね。

最近でこそ、反自粛のムードがありますが、

昨年とかまだ皆が真面目に自粛していた時期でありますから

そこに男女の価値観の相違が生まれて破局したって話をよく聞きました。

ふと思ったのですが、遠距離恋愛ってドラマやアニメでしか

成功例を見たことないなーって感じなんですが、存在するんですかね。

今回は「なぜ遠距離恋愛の成功例は存在しないのか」について解説します。

秒速5cmで遠ざかる心の距離

遠距離恋愛を題材にした作品と言われて真っ先に思いつくのは

新海誠の「秒速5センチメートル」です。

知らない人に3行であらすじを説明すると、

小学校の時、両思いだった男女の片方が都内から栃木へ引っ越し、

離れ離れになったが、その後も文通を重ねて思いを確かめ合う。

時は過ぎ、男女とも成人し、女主人公は別の男と結婚、

男は小学生の時の初恋から脱却できず、現在付き合ってる恋人と破局する。

こんな感じの暗い作品です。

センチメンタルですね。

秒速5センチメンタルに改題したほうがいいと思います。

この映画はガラケー時代に作られた映画なので

ビデオ通話が簡単にできるようになった昨今とは微妙に状況が違います。

ですが、心の距離を考えるうえでかなり良い例となります。

現実を生きない絶望的状況

秒速5センチメートルの主人公タカキ君は、

成人して別の恋人ができた後も、初恋を引きずり続けます。

タカキ君は最後の独白で、気持ち悪い自分語りを始めます。

しかも長文なので、更にキモイですがこれがいい味出してます笑

タカキ君
「貴方のことは今でも好きです」と3年間付き合った女性はそうメールに書いていた。「でも私たちはきっと1000回もメールをやり取りして、たぶん心は1センチくらいしか近づけませんでした」と。この数年間、とにかく前に進みたくて、届かないものに手を触れたくて、それが具体的に何を指すのかも、殆ど強迫的とも言えるようなその思いがどこから湧いてくるのかも分からずに僕はただ働き続け、気が付けば日々弾力を失っていく心がひたすら辛かった。そしてある朝、かつてあれ程までに真剣で切実だった思いがきれいに失われていることに僕は気付き、もう限界だと知ったとき、会社を辞めた。

「届かないものに手を触れたくて」今まで頑張ってたのに、

手が届かないものには手が届かないから(当たり前)、萎えた。

意訳するとこういうことですよね。

センチメートル表現が使われているのが隠喩的ですね。

つまり、現在目の前にいる人間との心の距離を1cmも縮められてないのに、

秒速5cmで舞う桜の花びら(初恋の女)に追いつくわけねーじゃんってことですね。

タカキ君は、現実逃避して出来もしない脳内恋愛を妄想し続けた結果、

それが無理だと唐突に悟り、絶望に気が付いたってことですね。

周囲の人間には、一見仕事を頑張る現実的な青年に見えているので、

彼の絶望的状況には誰も気が付けないという構造になってます。

心の距離は物理的距離

色々な研究で言われていることですが、

人間関係において、心の距離と物理的距離は比例関係になっています。

原因については諸説ありますが、自分は人間の想像力にあると思っています。

日本で起きていることもアフリカで起きていることも、等しく地球の現実です。

しかし、われわれ日本人にとってアフリカで起きていることを現実的に考え

共感したり、自分事とするのは難しいです。

人は環境によって人格が形成され、死ぬまで変化し続けます。

違う環境で育った人間同士が付き合えるのは

想像力があるからですが、それにも限界があります。

コミュニケーションは非言語要素の方が影響比重が重いです。

電話やLINEなどでは相手に対して働かせることのできる想像力が

限定され、その結果、遠距離恋愛はハードモードになります。

日本のことわざにも「遠くの親類より、近くの他人」といものがありますが、

これは「近くの人間関係を充実させた方が幸福度が上がるよ」

という別の意味も含まれているのかもしれませんね。

まとめ

いかがだったでしょうか。

そもそも結婚して単身赴任とかなら理解できますが、

付き合っているだけなのに、遠く離れても関係性に固執するって

意味不明ですね。だからこそファンタジーなのかもしれません。

それではまた次回、さようなら。

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