
皆さんこんにちは。
先日、abema newsの切り抜きで面白いトピックを見つけたのでシェアします。
時間のある方は下記の動画をご覧ください。
タレントのりゅうちぇる氏が、男らしさの押し付けは多様性の排除である旨のツイートをし、それが拡散され話題を呼んでいるという内容でした。
巷では、この男らしさの押し付けのことを「男らしさハラスメント」と呼ぶらしい。
内容としては、そのような古い風潮に批判的なコメンテーターたちが、苦言を呈するみたいな対戦相手不在の討論でした。
「令和は多様性だよね」で終わってしまって内容としては予定調和感が否めなかったのですが、最後の方で若新雄純氏(茶髪の黒ぶち眼鏡)が面白いことを言っていました。
「男らしさが悪いんじゃなくてハラスメントが悪いだけ」「セクシャルな魅力というものはそれを武器にしたい人は使えばよく、押し付けるのが良くないだけ」
いやー正論ですね(笑)
今回は、男らしさ、女らしさの根源である性別役割分業について語っていきたいと思います。
もくじ
性別役割分業は理屈ではどうにもならない

動画内でりゅうちぇる氏が「意外に男らしいと言われて嬉しいこともある」と発言していました。
性別役割分業意識は誰か特定の個人が恣意的に作っているものではなく、あくまでも感情の産物であるということをこの発言が表しています。
例えば、「モテ」について考えてみてください。
一般的にモテる男性は、3Kと呼ばれ高学歴高収入高身長の属性を持っていることが多いです。
そこに「性別役割分業意識を撤廃して低身長の男だってモテるようにしよう‼」みたいな主張をメディアが展開したところで、低身長男子がマジョリティに好まれる属性になることはありません。
嗜好というのは、意識ではなく感情によるものだからです。
黒人差別をなくしたからといって、黒人と結婚したい人が増えないのと同じ理屈です。
この動画の言うようなハラスメントは、感情によって社会に根付いているものです。
Abemaコメンテーターも、大なり小なり無意識の性別役割分業意識を持っているはずです。
結局、理屈では「どのような人間が好まれるか」という意識までは変えることはできない。
「らしさ」に悩んでいる人の問題は社会への働きかけより、当人の意識の変化の方が手っ取り早い気がします。
争う性(せい)の性(さが)

男性ホルモンの1つにテストステロンというものがあります。
筋肉増強や骨格の発達の源であり、男性は女性の約9倍テストステロンが多いとされています。
テストステロンは逆境に立たされたり、暴走すると瞬間的に大量に分泌されます。
つまりは、争い合うシチュエーションがないと、男性はテストステロンを持て余してしまうわけですね。
昔は狩りや戦争が、男性に活躍の場を与えていたのですが、現代では個人の暴力が法によって死滅したため、ビジネスが狩りや戦争の代用となっています。
闘争の場というのは男性にとって必要不可欠です。
無職の男性の自殺率は有職男性の自殺率の20倍にものぼるそうです。
戦うということが男の生命活動維持になっていることが分かりますね。
多様な生き方が確立された今なお、強い男というのはリスペクトの対象として依然注目を集め続けます。
これは誰かが作った戦略的プロパガンダではなく、本能的なものだと思います。
闘争こそ男の本質であり、多様性が確立されても消せない真実なのです。
まとめ
いかがだったでしょうか。
りゅうちぇる氏の意見が間違っているということではなく、あくまで感情と社会制度は分離させて考えた方がいいよねって話でした。
それでは次回の記事でお会いしましょう。さようなら。