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節子を殺したのは兄のプライドだったという話

節子を殺したのは兄のプライドだったという話

みなさんこんにちは。

突然ですが、みなさんは「火垂るの墓」をみたことがあるでしょうか。

簡単に言うと、 主人公清太とその妹の節子は太平洋戦争の神戸大空襲で母親を失います。

孤児となった2人が、知り合いのおばさんの家に引き取られるところから物語がスタートします。

しかし、人間関係が上手くいかず家を出ていった結果、戦時中の物品不足もあり徐々に妹の節子が衰弱していきます。

最終的には節子は餓死してしまい、清太も後追う形で省線のホームで衰弱死してしまうというお話です。

先日、この不朽の名作を再視聴したので考察を述べていきたいと思います。

おばさんの嫌味は全て正論だった

「火垂るの墓」といったら真っ先に思い浮かぶのは、清太たちを引き取ったおばさんの意地悪さではないでしょうか。

有名なシーンで、おばさんは清太たちが持ち寄った白米を、他の居候や自分の娘に与え、清太たちには雑炊しか食べさせないというシーンがあります。

おばさん
「清太さんな あんたもう大きいねんから 助け合いいうこと考えてくれな。あんたらは お米ちっとも出さんとそれで御飯 食べたいいうても、そらいけませんよ 通りません 」

節子
「せやかて、ウチのお米やのに(ボソッ」

おばさん
「よろし。うちとあんたらとご飯別々にしましょ。それやったら文句ないでしょ」

おばさんの、ここでいう「助け合い」には色々な意味が含まれています。

当時、空襲火災が発生した際は、隣組という町内会の下部組織にあたる集団が、消火活動をしていました。

清太は、隣組の消火活動に参加せず、空襲の際は真っ先に節子とともに防空壕に逃げていました。

更に、清太は働かず雑誌を読んだり、節子とピアノで遊んでいるシーンが描かれています。

勿論、彼らは居候であり、家賃などは一切払っておりません。

そこにお米を提供しているのは自分たちなのだから、そのお米は自分達が食べるべきだという感謝も減ったくれもない態度の兄妹がいたら、それは口調もきつくなるのは当然でしょう。

清太たちに自炊を提案したおばさんですが、これに対する清太の答えは当時高価だった七輪を買ってきて、無言で自炊を始めるというものでした。

これに対し、「当てつけ」であるとおばさんが憤慨しているシーンがあります。

清太はプライドが高くコミュ障なため素直に謝って一緒のご飯を食べるということができないのです。

こういった歪んだプライドが、おばさんとの関係を日に日に悪くさせていったのです。

組織に頼らず生きることは難易度が高い

清太はおばさんの家を出て、穴倉で節子と2人暮らしを始めるわけですが、節子は日に日に衰弱していきます。

清太は母が残してくれた貯金が7000円(現在の貨幣価値で700万円以上)を銀行に持っていましたが、物資が不足しており食べ物を満足に買うことができません。

ついには畑から盗みをしたり、空襲の火事場泥棒をしたりと行動が犯罪的になっていきます。

物品は配給制で、みんなで持ち寄り分け合うのが当時の家庭というコミュニティでした。

その輪に入ることが出来なければ、物が手に入らないので悪いことをするしかありません。

今日日起きている犯罪も似たようなところがあるとは思いませんか。

すぐ横に情報を教えたり、物品を分けてくれる友達や家族がいれば犯罪をしないで済むような人間が、その人的リソースが不足したことが原因で、万引きやスリなどの軽犯罪に走る。

清太の場合はこれが顕著で、700万という大金を持っていながら妹1人を餓死から救えない体たらくとなってしまったのです。

平成以降は「個人の時代」と呼ばれ1人で生きていくことが難しくない時代となったように見えます。

しかし、依然として重要な情報というのは金で買うより、コミュニティ内での方が高速で共有されています。

みなさんも、組織なんて下らない等とは思わずに、清太の生き方を反面教師にしてコミュニティでの立場を積極的に確立していきましょう。

まとめ

いかがだったでしょうか。

ありきたりの映画も久しぶりに見ると面白いですね。

コミュ障やプライドの高い人はいつの時代も生きづらく、逆に素直でコミュニケーション能力が高い人はいつの時代もサヴァイヴしていける。

こんな教訓が学べたアニメーション映画でした。

それでは次回の記事でお会いしましょう。さようなら。

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