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少年革命家ゆたぼん 彼女と別れた理由とは?

少年革命家ゆたぼん 彼女と別れた理由とは?

みなさんこんにちは。

2020/1/19にYoutuberの少年革命家ゆたぼん氏に彼女が出来ていたのはご存じでしょうか。

ゆたぼん氏は自身も不登校児でありながら、不登校を奨励するような主張をYoutubeにアップしてプチ炎上して有名になりました。

その後は琉球新報に取材を受けたり、格闘家の朝倉未来とコラボ動画を上げたりと11歳ならではのフレッシュなバイタリティで発信活動を続けています。

不登校児なのにコミュニケーション能力は高く、先日晴れて彼女が出来たとのことです(おめでとう!!)

上記動画で告白して付き合うことになっています。

相手の女の子に好きな人を聞いて、「自分(ゆたぼん氏)の名前」を言わせるというちょっぴりオラついた態度がかっこいいですね。

ここまでは小学生Youtuberの微笑ましい動画として温かく見守っていた自分ですが、なんと先日の29日に破局を報告する動画がゆたぼん氏のチャンネルにアップされました。

今日はその破局報告動画の感想を語っていきたいと思います。

女を救って彼女にした男

この動画で自分が一番驚いたのは、ゆたぼん氏の元カノのまな氏は元いじめられっ子で、「死にたい」が口癖の女の子であったという点です。(2020年9月現在動画非公開)

前述の動画を見る限り、いじめられっ子のオーラは感じませんでした。

いじめられて不登校になっていたまな氏は、ゆたぼん氏の動画に励まされたそうで、そこから誕生日会に呼ぶなどして親睦を深め付き合うに至ったそうです。

11歳が。。。小学3年生が。。。1人の人間の人生を変えるのをさも当たり前のように語っているのです。

これって冷静に考えたらヤバいことですよね。

人間は社会的な動物であり、他人との関係において生きる意味を確立します。

彼は同じ不登校児を勇気づけるという社会的存在意義を11歳にして確立しているのです。

ゆたぼん氏は「学校で先生の言うことを聞いて勉強している生徒たちがロボットにみえた」と別の動画で話していました。

彼ほどの主体性と社会への干渉力を持っていれば、周りが主体性のない機械人形に見えてしまうのも納得です。

皆さんも周りの言うことを聞いてルールを順守する所謂「いい人」や「普通の人」になっていませんか。

いい人は(どうでも)いい人であり、普通の人は、普通に要らない人です。

ゆたぼん氏を色物Youtuberとしてみるのではなく、学べるところは学んでいきたいものです。

なぜ破局動画で両親の話が出てきたのか

破局報告の動画でひとつ気になる点があります。

それは、「自分が自由に生きれているのは両親に認められているからである」という主張がなんの脈略もなく動画の中盤で展開されていることです。

さらに、「親が変わればいい」「いずれ親とは別れる」など、親との関係は永遠に続くものではないという主張を続けて展開しています。

動画の冒頭で、この動画を撮るか迷ったとはなしていることからも、この動画はまな氏が見ることを前提に作られた作品だと思います。(ただの近況報告なら迷う必要はないので)

恐らく、破局の原因は「まな氏の両親からの反対」だと思います。

まな氏が不登校になってからも死にたいという口癖が治っていないところを見ると、彼女の両親は堅物であることが想像できます。

いじめ以外のストレスが彼女に存在したというところからメンヘラ化しているのでしょう。

そんな両親が、不登校Youtuberのゆたぼん氏との交際など認めるわけがなく、破局に至ったというわけです。

そもそも10日で相手への恋愛感情がなくなるって、よっぽどカラオケデートがつまんなかったとかでもない限りあり得ません。

お互いが不完全燃焼で別れたからこそ、この動画をアップするのにも躊躇したのでしょう。

皆さんの中にも、親や周囲の人間に行動を制限されていると感じている人がいると思いますが、ゆたぼん氏の言う通り、貴方を縛っている人との関係は一生モノではありません。

いつかはなくなるはかない関係であることを意識して、「どうせなくなるなら好き勝手生きよう」というゆたぼんメンタリティを持つことが、解決の糸口になるかもしれません。

自分の親も成人した自分や弟にかなり干渉してくるので、なるべく合わないように連絡や帰省も最小限にしています。

なんだかんだ言っても人間は近くにいる人間に影響を受けてしまいます。

自分の周りには、自分の可能性を信じてくれる人だけが集まっている環境になるように心がけましょう。

まとめ

いかがだったでしょうか。やっぱり行動力とバイタリティのある男は年齢関係なくかっこいいですね。

自分もゆたぼん氏のような真の意味の自由人になれるようにこれからも頑張ってまいります。 

それではまた次回の記事であいましょう。さようなら。

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